「やらまいか」精神が根付く浜松

昨日ついに退職の挨拶メールをした。

僕は輸送機器メーカーで開発エンジニアをしていて、今週末が最終出社日だ。あとは3月の退職まで有給休暇を取得する毎日。

メールを送るなり、びっくりするくらい部品試作メーカーさん、量産部品メーカーさんの営業担当者さんをはじめ、社内外のたくさんの人から面談希望の電話や激励の返信をいただいた。

本当は直接これまでお世話になったお礼を伝えたいし、たくさんの激励のメッセージを返したい。だけど社内の人は役員の方からも激励をいただいたものの、そこはまず後回しにして、メーカーさんを優先してとにかくメールを返信した。

「マコクロさん、次、起業するんだって!?水くさいなー、年末会ったとき、なにも言ってなかったじゃん!何やるか知らないけど、もし、うちで手伝えることあったらいつでも言ってよ!個人の切削加工も受けるからさっ!お疲れ様!」(14年もお世話になっている浜松界隈で絶大な信頼を得ている大きな試作専門メーカーA精機さん)
来年、時計を自作するよ、とまで伝えてないけど、時計を作るときはケースを加工してもらいたい。

「マコクロさん、時間合わせますので、最後に顔見たいです。伺いますので、時間作ってもらえませんか?」(5年前、量産開発で一緒に要求品質を保ちながらもコストダウンを作り込んだH社さん)
僕は今日お会いして、自分の話をして、Oさんの話を聞いて面談ブースで嬉しくてありがたくて泣いた。これからもプライベートで交流を重ねたいですねと連絡先を交換させていただいた。

「覚えてますか?○○の××です。東京来られるんですね。私横浜ですので、引越しされたらすぐ電話ください。食事行きましょう。連絡先をお伝えしますね」(世界展開する超巨大企業C社のとある部門の副社長 はわわ汗)
たったの2日間海外で一緒にお供させてもらって、たくさん楽しい話を聞かせてもらって、一方的に良いイメージを抱いていたけど、3月からは会社の看板すら背負ってない僕にどうしてこんなに良くしてくれるのだろうか。そもそも僕はマネージャーでもなかったし、今度は社会的属性なんて、ほぼ底辺の無職のようなものだよ。

同期も後輩も先輩も管理職の皆さんが僕の席に来てくれる。嬉しいけれど、仕事がいっこうに進まない笑。けれどもこんなに嬉しいことはない。

「仕事をするならまたマコクロさんとやりたかったです」

「マコクロが困ってるならいつでも手を貸すぞ応援してるよ」

「マコクロさんがいると安心して仕事に向き合えました」

「一緒に仕事はしたことはないけれど、なんだか応援したくなる印象しかない。きっと暗闇の中でも切り開いていけるよ」

「いくら口で言ってもやらないヤツはやらない。何をやるか決まってなくても、とにかくヤルと決めて行動するマコクロをリスペクトするし応援するよ」

「いつ空いてる?引越す前に1回飲もうよ」

一昨日までは、まぁ所属先が変わって働く場所と内容が変わるけど、別に世界は繋がっているし、たかだか浜松-東京なんて、駐在・海外業務の多い会社の僕らからしたら、むしろ近いじゃん!くらいに思って、サクッと辞めま〜すくらいの気持ちでいたのだけれど、激励のメッセージをメールで見て、涙腺がゆるいせいか朝は仕事にならなかった。

WhatとWhyがないまま、でも、起業したい自分の気持ちにウソをつけなくて、手段を目的化しているのを理解しつつ会社を去ることを決めたわけだけれども、みんなものすごいエールを送ってくれる。

ここ遠州エリア(浜松〜磐田界隈)には「やらまいか」の精神があって、とにかくやってやろう!のチャレンジ精神をリスペクトする文化が根付いている。

「いつの時代だって “やる奴はやる。やらない奴はやらない。」

矢沢永吉のメッセージがまさしく生まれながらにして根付くエリアなんだ、ここ遠州は。

浜松、磐田。14年過ごして永住しても良いくらい大好きな街。

ちょっと冒険しに一回、東京へ戻ります^^